WWDC23で発表され、翌2024年2月にアメリカで発売となった「Apple Vision Pro」。約四ヶ月後となる日本発売日に、筆者も手に入れることができた。それから一ヶ月程度、主に映像視聴用にApple Vision Proを使用している。
ただ、購入者からは「要らない」「使ってない」といった意見が出ていることも確かだ。
本記事は、そんな“不要論”の理由を考察するとともに、Apple Vision Proを含むXRデバイスが流行るシナリオを考えていく、未来予想的な内容となる。
「Apple Vision Pro」普及へのカギ
先に筆者の意見を述べておこう。記事を執筆している2024年現在、Apple Vision Proは要らないデバイスである。
その理由は、現時点で「Apple Vision Proでしかできないこと」があまりにも少ないからだ。
①XRの唯一性
Apple Vision Proを買って得られるものは、パソコンやスマホといった既存デバイスと比べて、せいぜい同じか少し優れたエクスペリエンスしかない。
動画・映画等の映像視聴は、その最たる例だ。実際に使ってみると、確かにより大きな画面と没入感のある音響で楽しめるのだが、それは相対的な改善であって、できることの本質は変わっていない。
つまり、追加の支出と、引き換えに得られる付加価値が常に天秤に掛けられるのだ。購入する・しないを分かつ支点は当然ながら個々人で異なる。しかし、いくら価格が安くなろうとも、他で代替できてしまう時点で、劣化体験で満足する層は必ず発生する。
XR機器が「他のデバイスで代替できない」ことは、普及の必須要件と言えるだろう。
②パイオニアの投資とインフラ級サービスの出現
ただ、唯一性があるからといって、物事が社会に浸透するわけではない。「“それでしかできない行為”が不可欠な人の割合」が一定以上になる必要があるのだ。
一般的に、マーケティング用語でクリティカルマスと呼ばれる分岐点に到達してしまえば、財やサービスは一気に普及する。
では、XR市場がその“分岐点”に到達するためにはどうすれば良いだろうか。
市場に買い手が少ない状態は、裏を返せば売り手が赤字の先行投資を行っている段階といえる。このような状況下では、参入できる二次的提供者が限定されてしまうという問題がある。Apple Vision Proでいえば、アプリを開発しようにも利用者が少なすぎて採算が取れず、リリースに至らないケースが該当する。アプリが増えないが故に購入層が増えず、結果として開発も進まない。このような負の連鎖を断ち切れるか否かは、現在力を持つAppleやGoogle等のプラットフォーマーが、開発者に対してどれだけインセンティブを与えられるかに左右されるだろう。
多様なアイデアでアプリやコンテンツが増えるようになれば、革新的で多くの人にとって必須となり得るサービスも生まれると考えられる。必要不可欠なサービスはある種インフラの側面を持つことが多く、必然的にネットワーク外部性を有す。(ネットワーク外部性とは、サービスの利用者が増えれば増えるほど便利になる効果のこと。)
その段階まで来れば、市場への浸透がさらなる規模拡大を呼ぶ、好循環が始まる。ひとたび良いループが始まれば、瞬く間に普及が進むだろう。
①パイオニア(Apple)がどれだけ投資できるか、②それでしかできないインフラ的サービスが生まれるか。この2点が、Apple Vision Proを含むXRデバイスが一部の界隈で重宝されるに留まらず、「次なるスマートフォン」になれるかどうかの鍵を握るだろう。
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XRデバイスが流行るシナリオ
今後Apple Vision Pro、およびXRデバイスが普及するシナリオを考えていく。
時期 | 予想 | 説明 |
---|---|---|
2024年 | Apple Vision Pro発売 | イノベーター層が購入。 |
2025年頃 | Appleが開発者向けの施策を展開 | Apple Vision向けアプリをリリースした開発者に、ストア手数料を優遇するプログラムを開始。 |
2026年頃 | 廉価版 Apple Visionの発売 | |
2027年頃 | 競合製品が出揃う | Apple以外の大手メーカーによるXRデバイスが多く発売される。 |
2030年頃 | キラーアプリが登場 | 次世代のインフラとなり得るようなアプリがリリースされる。 |
2032年頃 | ハードが著しく進化し、低価格化が進む | |
2035年頃 | 多くの人々がキラーアプリを利用している | 多くの企業でも使われ始める。 |
2040年頃 | XRデバイスがなくてはならないものになる |
プラットフォーマーによる開発者向けの施策展開としては、ストア手数料を優遇するプログラムが考えられる。
中国のHUAWEIは、Apple Vison Proに似たHMDを現在開発中とされているが、パネル供給等の問題から各社の競合製品が出揃うには数年はかかると予想される。
Meta QuestやPlayStation VRは、ゲームを主目的とした売り方をしている。一方で、Appleは「空間コンピュータ」と銘打って、それ以外の用途への道を示した。ビジネス用途のソフトウェアが多くの企業に導入されることで、否が応でも利用者は増えるだろう。
実際に筆者がApple Vison Proを体験し、エンタメ系統の“消費デバイス”として高い完成度である一方、クリエイティブ用途ではまだまだ改善の余地が大きいと感じた。何かを創り出す“生産デバイス”になることも重要だと考えられる。
XRデバイスが流行らないシナリオ
逆に、XRデバイスが流行らないパターンを予想する。
時期 | 予想 | 説明 |
---|---|---|
2024年 | Apple Vision Pro発売 | |
2025年頃 | 事業者による施策は行われない | 有用なアプリが増えない。 |
2026年頃 | 廉価版 Apple Visionの発売 | 使いたいアプリが無いので買う人が少ない。 |
2027年頃 | 競合他社の参入は少ない | メーカーも市場に魅力を感じず、参入を渋る。 |
2030年頃 | 撤退するメーカーも現れる | 既に参入した業者による事業の損切りが始まる。 |
2035年頃 | 一部のマニアが特定の用途で使うに限られる | |
2040年頃 | 市場は低調のまま、ほとんどのメーカーは事業を終了 |
こうして表にまとめると、やはり初動の事業者による施策の重要性が分かる。
時期については筆者の勝手な予想でしかないが、遅かれ早かれ市場が萎縮する未来がやってくるだろう。
Apple Vision Proは“要らないデバイス”だ(2024年時点)
2024年現在、Apple Vision Proは要らないデバイスである。
現状ではXR独自のコンテンツが少なく、パソコンやスマホでもできていることを、よりリッチに楽しめているにすぎない。多くの人にとって約60万円以上という価格に見合わない買い物だからだ。Apple Vision Proがイノベーターやアーリーアダプターのおもちゃと化しているのは当然である。
物理的な重さやバッテリー持続時間の短さといったハードウェア的な問題は、技術の成熟、言い換えれば時間が解決してくれる可能性が高い。
あとはいかに市場の動向に沿った形で、各社が適切な投資を行うかどうかだ。「必須デバイス」になるための第一歩に期待したい。
十年後~数十年後の人々がこの記事を見てどう思うだろうか。XRデバイスが当たり前になる時代はまだ先になりそうだが、今後の進化が楽しみだ。
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